Tue, March 02, 2004

罪を裁くということの重さ

コメント欄に書こうと思ったら、余りにも長くなりそうなのでトラックバックに変更です。

事の発端はもしかしてあたしの書いたエントリーの「権利というものの難しさ」なのかな?

それに呼応するように、だいぶろぐさんで「絶対悪は、ある」というエントリーが書かれました。
そちらで、大分議論させて頂いて大変嬉しかったのですが、その議論を面白いといってくださった方まで現れて、恐縮な限りです。
で、その面白いと言ってくださった花湯さんの「死刑っていう遊び・・・あったよな〜」のコメント欄でも大変興味深い議論が交わされております。

ちょっと、おばさんにも参加させてもらってもいいでしょうか?

===以下、本来はコメント欄に書こうとしていたものとしてお読みください。===

「裁判員制度」難しいですね。
裁いてみましょ』というマンガがあるのですが、近未来裁判員制度が導入されたらどうなるかというテーマを、少女漫画なので軽めに書いてあり、わかりやすく書いてあるので、マンガ喫茶などに行く機会がございましたら、一読されてみてはいかがでしょうか?

裁判員制度への参加は「義務」であり、そして自分の意見(民意)を反映させることができる「権利」でもあると思うんです。
行政だけでなく、司法に参加する権利を得るということはとてつもなく重いことですよね。

・行政に参加する=自分自身のために意見を言う。
・司法に参加する=罪を裁く=人の人生を左右する

簡単に言ってしまえばこういう事ではないかと思うんです。
重いですね、余りにも・・・・・正直逃げ出したい気持ちでいっぱいです。


ちょっと話はずれるんですが、現在の日本国の法律におけるもっとも重い刑は「死刑」ですよね。
その次が「無期懲役」とは名ばかりの、模範囚であれば20年で出てこれる刑です。

最近の風潮では、一人殺したくらいでは死刑を言い渡さないそうです。被害者が複数人いて、初めて「死刑」という選択肢を考えるのだそうです。

これってちょっと変だなって思うんですよね、たった一人殺したとしても、その遺族にとっては最愛の人を亡くしたわけで、大量殺人だろうが、たった一人だろうが変わらないわけです。なのに差が生じる。

だから、殺人罪の被告は全員死刑にすべきだとは思っていないのですが、(死刑という刑に対してはまた別の考えがあり、それは改めてどこかで話せたらいいですね)終身刑というものの導入を考えてもいいんじゃないかって思うんです。

アメリカの量刑方法は、一つ一つの罪に対して量刑していって、最終的に加算するという方法です。
だから、懲役190年とかいう日本では考えられない判決が出たりします。
この方法が最善なのかはわからないのですが、現状の日本の量刑方法よりはいいのではないかと思うんです。

さて、皆さんは、どうお考えになりますか?

Posted by Aya at 03:42 AM
コメント

「裁いてみましょ」
面白そうですねぇ!図書館で探したけど
無かった(当たり前か…)んで
今度マンガ喫茶いきます〜。

日本の陪審員制度といえば三谷幸喜脚本の映画
「12人のやさしい日本人」を思い出しました。
ちょっと古いですけど。
日本人らしーい日本人のじれったーいやりとりがよかったです。
実際そんな感じになるのかなぁ…。

Posted by: 花湯 at March 2, 2004 09:08 PM

「裁いてみましょ」
誰もいなそうな時間帯にマンガ喫茶にでも行って読んでみます。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/kentoukai/saibanin/siryou/0130kekka.pdf
ここに山ほど反対意見が書かれていますが、そのうち、「新たな義務を負うのがいやだ」的駄々っ子意見は黙殺するとして(こういう人ほど権利指向が強かったりするんだよねー)、その他もろもろの反対意見は傾聴に値するのがたくさんありました。その中にはayaさんがおっしゃる「人を裁く重さ」に耐えられないので、という反対意見も結構ありました。そこの部分は量刑の決定権は判事にある米国の陪審制のほうが受け入れられやすいかも知れません。

米国の陪審員制度も多くの問題をはらんでいて(これ書くとayaさんのエントリーより長くなっちゃいそうで)日本にはそぐわないモノですが。

少女漫画を人前で読むのが恥ずかしい小心者の30男でした。

Posted by: だいぢろ at March 2, 2004 11:36 PM