Wed, March 03, 2004

パンドラの箱に最後に残っていたものは

うわ、やっべー、逃げだしたーい(ぉ
現在脳みそ沸騰状態で〜す、いぇ〜い。
だいぶろぐさんと、花湯さんと議論するなんて素敵な機会をいただけたのですが、事が事なだけにすっげーーーーー難しい。
参考資料とすべく、webのあちこちの裁判員制度についての記事を読んでいるんだけど、これがまた難しい。なんで司法はこう難しい専門用語を平気で使いまくりやがるんだ、まったく。

って、やばいよ、花湯さんに至っては弁護士目指してる学生さんだよ、どっひゃーーー。
釈迦に説法とはまさにこのこと、あいたたた・・・・・・。

裁判員制度そのものが、全有権者に与えられる「義務」であり「権利」だから、あたくちのようなおばかさんにもわかるようなもの、もしくは体制が整えられないとこれってホントに機能するのかな・・・・。

って、あたしまでも否定的な意見を書いてしまったら3人とも同じ論調になって、つまらんのでここはぐっとふんばってみるか・・・・・。

だいぢろさんも、花湯さんも「民意」というものに不安を抱いているようだ。
若者にこんな懸念を抱かせるのも、全て前世代の大人の責任だ、くたばれ55年体制!・・・って、いや違う、だから・・・・こんなこといいたいわけじゃないだろ、自分。

「客観的」に考えてしまうから不安や否定的な考え方になってしまうんじゃないだろうか。
自分自身に、しっかり自分の心に聞いてみてほしい。
人の人生を左右する量刑で、「その他」の人が全員「有罪」といったからって、無罪と信じる自分は有罪にながされるだろうか?
マスコミが報じていた「事実」と違うことが、その法廷で証明されたとき、それでもマスコミから受けた先入観は拭い去れないものなんだろうか?
大体、皆さん、そんなにマスコミの言うこと信用してます?

判決が出たニュースを見て、憤った気持ちはそんなにも「無責任」なものですか?
憤りには、全く根拠がありませんか?「あんなヤツ嫌い」ってだけで、その憤りは出てきたのですか?
なぜ、法律を勉強しようと思ったのでしょう?
あなたが感じている「システムに対する疑問」は、あなた以外が感じられないというほど特殊なものですか?

あなたの隣にいる人は、そんなに人間として信用できない人でしょうか。

裁判官だって、ただの人間です。
人が人を裁くというのは、とてつもなく難しいことです。
でも、極力過ちが起こらないように司法システムが作られてきました。
現在の日本において、そのシステムは矛盾だらけで全く機能していないものだとはとうてい思えません。

そこに、新しく「裁判員制度」というシステムが加わる。
確かに過渡期があるでしょう、羽陽曲折があるでしょう。あってはならない過ちもあるかもしれません。
それを経て、どんどんシステムとして成熟していけばいいのではないでしょうか。

「間違っている」と思ったときに、きちんと声を出せる世の中でありさえすれば、そんなに捨てたもんじゃないんじゃないかって、・・・・希望的観測すぎますかねぇ?

というわけで、これくらいが今のあたしが考えられることの限界のようです。
ご指摘かまーん!!どんどん突っ込んでくださいませ。

それと、このエントリーをたまたま読んでいる人でも、もしご自分が何か意見を言いたいという欲求にかられたら、遠慮なく参戦してくださいませ。

Posted by Aya at 01:43 AM
コメント

やべー。寝なきゃ。ayaさんとここんとこ法律論ぶっている間、会社で睡魔とひたすら戦っていたりするだぢろうです。

こりずに寝る前に「一応の」コメント置いていかせていただきやす。

すっごい良いエントリーですね。読ませて頂いて、法・律というのが性善説か性悪説のいずれを採って組み立てられたのか、という根元的なところまで考えさせられました。

>そこに、新しく「裁判員制度」というシステムが加わる。
>確かに過渡期があるでしょう、羽陽曲折があるでしょう。あってはならない過ちもあるかもしれません。
>それを経て、どんどんシステムとして成熟していけばいいのではないでしょうか。
>「間違っている」と思ったときに、きちんと声を出せる世の中でありさえすれば、そんなに>捨てたもんじゃないんじゃないかって、・・・・希望的観測すぎますかねぇ?

ちっとも希望的観測じゃないと思います。これこそ司法を含めたあらゆる制度における人類の進歩の所以だと思います。

やる前から何だかんだケチ付けて、ニヒリズムでもって傍観者であるのは簡単ですが、当事者はそれこそ真剣によりよき未来のありかたを考えて、取り組んでいるんですから。

私の危惧はバブル崩壊後、日本人がそろいもそろって妙に自信喪失してあらゆるこの国のあり方を否定しているように思えるところにあります。特に金融ビックバンで結局外資ハゲタカファンドにやられまくりの状況など目を覆うばかりです。

この国の歴史・文化を踏まえた上での改革を提唱すべきはずの知識人たちがそろいもそろって「欧米では・・・」「アメリカでは・・・」 ・・・いや、俺ら、日本人だし。という感覚があったわけです。

そこに「先進国で陪審制・参審制を取っていないのは日本ぐらいだ」などとのたまう日弁連の先生方々を見ると「だから、それのどこがいけないんだ」となっちゃうわけです。

あまのじゃくなんです。

毎度、長くなっちまいました。すみません。

というわけでただのあまのじゃくは寝ることに致します。

おやすみなさい。またお邪魔します。

Posted by: だいぢろ at March 3, 2004 02:16 AM

ふむ、難しい話ですね、根本的に。
でも、字面に振り回されますね、どうも。

いえ、正直な所、制度についてよく分かっていないのですが。

いや、正直な所、お三方の仰ることがよく分かっていないのですが(汗

ひとは、「裁判員制度」に於いて主観的であれ、ということですか?
或いは、「裁判員制度」に於いて客観的であれ、ということですか?
それとも、「裁判員制度」に於いてひとはひとであれ、ということですか・・・?

あぁ、己の言わんとすることもよく分からなくなってきた(汗

出直してきます(汗

Posted by: 番記者O at March 3, 2004 10:11 AM

いやー、ほんと難しくて、自分でエントリー書いてるくせに逃げ出したいんですよ、まじで(笑)

あたしが思うに、強いて言うならば3番目の「裁判員制度」に於いてひとはひとであれ、でしょうかね。

Posted by: Aya at March 3, 2004 01:51 PM

番記者Oさんこんにちわ。
字面で振り回しまくってしまっただいぢろです。

以前ウチであった議論を踏まえた上で勝手にしゃべってたもので、これ見てもあんまりわらないですよね。下のような話をしていました。

http://www.daiblog.com/archives/000066.html
http://www.daiblog.com/archives/000070.html

Posted by: だいぢろ at March 3, 2004 09:28 PM

わー、ぼけらーっとしてる間に、だいぢろさんにフォローしてもらっちゃったよ;;;
関連記事へのリンクをちゃんと貼ってなくて済みません。
一応話の流れは、このエントリーで大雑把に説明しておりますが・・・・大雑把過ぎるかな;
http://www.ahirudou.com/~aya/blog/archives/000094.html

Posted by: Aya at March 4, 2004 01:42 AM

僕も裁判員制度には期待してますよ。

>「間違っている」と思ったときに、きちんと
>声を出せる世の中でありさえすれば、
>そんなに捨てたもんじゃないんじゃないかって、
>・・・・希望的観測すぎますかねぇ?

僕らにとって司法が身近になることで、人を裁くことに対する責任感が沸いてくるといいなぁって思ってます。直接、権利行使をしてる自分を見つめる機会になるはずだし。

日本の風土に馴染むかっていう問題は、
戦前日本の陪審員制度を批判する有力な
反論ですが、現代の日本人は欧米的
思考が進んで、個人主義の風潮が強まって
いるからそんなことはない、なんて言う人もいますよね。

…Ayaさんのエントリー読んで、結局は導入
してみないとわからないよなって思いました。

ただ、その制度を作ってる人達には、せっかく
新しい制度を導入するのならメリットをたくさん
活かせるようなモノにしてほしいなと思った。
行政が動くウラには何か別の利害が存在する
ことが通常でしょうし。

「裁判所の増改築」
「国民への周知を目的とした何百回という回数の講演会」

…等々、疑り深くはなりたくないですけど。
なぜ今、裁判員制度が必要なのかが、
明確に表明されていないようにも思います。
(前のエントリーのコメントでだいぢろさんの紹介されていたpdfを読んでそう感じました)

Posted by: 花湯 at March 4, 2004 02:16 AM

確かに、今の状態だと、ホントに机上の空論というか、絵に描いた餅状態ですよね。
「疑う」ということはとても重要なことだと思います。

結局あたしの書いたエントリーって、ある種の「綺麗事」なんですよ。
現在の司法やら法曹界やらは、やはり「民意」からはちょっと距離感があるというか、「上の人」って感じは否めませんからね。

だいぢろさんが「日弁連の先生方」に感じた事も、別に特別アマノジャクってわけじゃなくて、えらそーに言われたら「なんぼのもんじゃい」と言い放つ人は山ほど居ると思います。

でも、そんな法曹界に飛び込もうとしている前途有望な青年が、きちんと疑問や民意との距離感を真剣に考えていてくれさえすれば、全くダメな制度にはならないだろうと、またしても希望的観測を持っているんですけどね(笑)

Posted by: Aya at March 4, 2004 02:30 AM

ご紹介&補足、恐れ入ります。

恐れ入るついでに、無礼を承知で・・・。

実際のところ、司法ってひとびとにとって身近な存在なのでしょうか?
裁判員制度が導入されることで、身近な制度にになるのでしょうか?

お三方の議論は、
「遠慮なく参戦」するには・・・。

例えば、

「僕らにとって司法が身近になることで、人を裁くことに対する責任感が沸いてくるといいなぁって思ってます。直接、権利行使をしてる自分を見つめる機会になるはずだし。

日本の風土に馴染むかっていう問題は、
戦前日本の陪審員制度を批判する有力な
反論ですが、現代の日本人は欧米的
思考が進んで、個人主義の風潮が強まって
いるからそんなことはない、なんて言う人もいますよね。」
と言われるのであれば、
・「僕ら」は法曹関係及び志す者だけを指すのか?
・「反論」「言う人」は誰の、どの論を指すのか?
明らかにしてほしい
(身近な学問ではないだけに、その根拠を知りたい)
とか、

「そこに「先進国で陪審制・参審制を取っていないのは日本ぐらいだ」などとのたまう日弁連の先生方々を見ると「だから、それのどこがいけないんだ」となっちゃうわけです。

あまのじゃくなんです。」
と言われるのは、
・どのような流れで日弁連の方々が言われるのか?
・個人的には同意するけれども、「どこがいけないんだ」と思うのは何故天邪鬼なのか?
とか、

「結局あたしの書いたエントリーって、ある種の「綺麗事」なんですよ。」
と言われると、
・本音は一体何処に?
・いやはや、私の偽善エントリーに比べれば(汗
とか、

そんなことを思って、
何か地に足が着かない議論のようで、
門外漢には正直、取り付きにくいような気が・・・。

司法は、門外漢には難しいのでしょうか?
司法は、門外漢に説明するのが難しいのでしょうか?

司法は門外漢にとって、門前払いな存在なのでしょうか・・・?

喧嘩を売るつもりではないのですが、ご教授いただければ幸いです・・・。
出来れば、字数を重ねずに・・・(汗

Posted by: 番記者O at March 4, 2004 01:05 PM

喧嘩を売られたなんてさらさら思ってないのでご安心を。

他の方の真意を説明することは、誤解を招いたり、あたし自身が誤解していたりするかもしれませんので、あたしへの部分だけ、解答しますね。

本音はどこに・・・うーん・・・いや、全部本音ですよ。
ホントにそうであって欲しいなと思ってるけど、他の人から見れば「あー、何甘いこといってんの?」と言われるんじゃないかなって思ってるだけです。

現在の司法制度のままだと、
>司法は、門外漢には難しいのでしょうか?
>司法は、門外漢に説明するのが難しいのでしょうか?
まさに、この状態なので、

裁判員制度導入するには、

・国民に司法を理解してもらうように、勉強会や説明会を開催し、質問窓口みたいなものも設置する必要がある。
・儀礼的な部分を排除して裁判そのものを簡潔にして、冗長な裁判をなくす。

などの対策が必要といわれています。

>司法は門外漢にとって、門前払いな存在なのでしょうか・・・?
20歳以上の有権者全員に義務化される裁判員制度で、「門前払い」じゃ困るわけです。

でも、今有識者と言われてる人達の会話はまだ全然馴染みやすいものじゃない状態なので、
「絵に描いた餅」
だと表現しました。

んー、「逆転裁判」みたいなゲームで大々的なプロパガンダをしたら、もう少し馴染みやすくなるのかなぁ(笑)

あたし個人の考えとして、国民の側の意識改革もとっても重要だなと思っていて、「義務を押し付けられる」んじゃなくて「権利を行使する」という意識で裁判員制度に挑まなくちゃダメなんじゃないかって思ってるわけです。

んでもって、「国民」とか「民意」とか言ってる限りは他人事になっちゃうんで、自分自身の立場で考えて、いくつかのエントリーを書いたという次第です。

あー・・・やっぱり字数多くなっちゃった・・・・(汗)

Posted by: Aya at March 4, 2004 05:35 PM

>番記者○さん
曖昧な部分を突かれて恥ずかしくなりました。申し訳ないです。

まず、「僕ら」という表現は、われわれ市民を
指す意味で使っていました。身近な意見として
書きたかったのですが…僕が法曹界を
目指しているということが話をややこしく
してしまいました。


裁判員制度が「日本の風土に馴染むのか」
と反論する人は、欧米と日本は違うんだという
ことを重視しているから馴染まないと言ってます。これは学者さんの意見です。

例えば、アメリカという国は歴史的に見て、
国民自身の力で、自分達の権利を勝ち
取った、という流れで「民主主義」が存在
しています。ところが日本は、太平洋戦争に
負けたときに他の国から「民主主義」を突如
与えられました。


自分達が「欲しい」と思って手に入れたものと、
突然他人から「良い制度だから今日から使え!」と与えられたものの違いは何か?


それは、手に入れたモノを大事に思うかどうか、じゃないでしょうか。


戦争に負けるまでは、天皇を中心として
国が動いていて、国民は上から与えられ
たものを鵜呑みにして生きていく、
という形でした。戦争に負けなければその体制は続いていた
はずです。
日本人は民主主義を欲しくて手に入れたんじゃない。
だから、「私は今、自分の権利を行使しているんだ!」
という感覚が欧米に比べて薄いのだと思います。

これが日本の風土に馴染まないと主張する人たちの考えです。


その意見に対して更に反論する学者さんは
「欧米諸国との接触する機会が多くなった
現代の日本人は自分自身の持つ権利に
ついての意識は欧米並みに高くなってきている。」

なんて言っています。

こんな感じでしょうか。「学者」という言葉を使って
ますが、歴史の流れを見れば当然出てくる議論かもしれません。


僕も字数が…。

ここでの議論が新しくエントリーとして
でてくればもう少し何とかなるかもしれないです。

Posted by: 花湯 at March 4, 2004 08:19 PM

>ここでの議論が新しくエントリーとして
>でてくればもう少し何とかなるかもしれないです。

およ?ここの意味がちょいとわからない・・・(汗)

新たなエントリーは花湯さんが書くわけにはいかないので?
んー、それともまとめエントリーみたいなのをあたしが書かないとだめなのかな・・・・。

Posted by: Aya at March 4, 2004 11:10 PM

(+_+)あ〜ほんまや、わけわかりませんねー。

今まで三者だけでの議論を前提に書いて
いたことを反省して、最終的に今回考えさ
せられたことをエントリーでまとめられたら
なぁと思って書いたのですが。
独り言です。

Posted by: 花湯 at March 4, 2004 11:56 PM

あぁ、本当にすみません(汗
いろいろとご迷惑を・・・(汗

今、私は、所謂「ブルーカラー」の現場で働いています。
多くが、日々暮らすことに必死です。
司法に目が向く者が会社の中にどれだけいることか・・・?

そんな想いを抱きつつエントリーを読ませていただき、
無礼ながら土足で上がりこんでしまった次第です。

毎日が毎日だけに、「裁判員制度」にどれだけのひとがどれだけの関心を持っていんだろう?
「裁判員制度」はこのくにのひとたちにとって普遍のものになるんだろうか?

そんなことを考えていたもので・・・。

乱文乱筆、失礼しました。
考え続けていく、足がかりにさせていただきます。

Posted by: 番記者O at March 5, 2004 12:18 AM

迷惑なんてしてないっすよ、何にも。

>今、私は、所謂「ブルーカラー」の現場で働いています。
>多くが、日々暮らすことに必死です。

それでも、番記者○さんのような方が居るわけですよね?
「身分」のようなものを言い出せば、あたしだってただの専業主婦ですよ。社会参加なんて全くしてないといっていいほどの、ぼんくら主婦です。

でも、こうやっていろんな意見を聞いて、一生懸命自分でいろいろ考えていく。それでいいんじゃないっすかね。

Posted by: Aya at March 5, 2004 12:52 AM

あー!
僕のいない間にコメントが伸びてるじゃないっすかっ!
ちょっとすね気味のだいぢろです。

ayaさんや花湯さんのところでいろいろ読んだり書いたりしているうちにとても考えがまとまってまいりました。

最近、ウチのブログ、ちょっと重めの話題が集中してたので、ここ数日は軽いのやってます。

まとまりましたら、迷惑承知でトラックバック致しますので、お暇なときに読んであげてください。

Posted by: だいぢろ at March 6, 2004 01:52 AM

((((;゜Д゜)))ガクガクブルブル・・・・
お手柔らかによろしくお願いしますだ。

Posted by: Aya at March 6, 2004 12:48 PM